浅野拓磨選手 兄弟との絆 両親への恩返し

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2022 FIFAワールドカップドイツ戦の記憶も新しいですね。

0-1のビハインドで迎えた57分から途中出場した浅野拓磨選手(28)が逆転弾となるゴールを奪いました。

あのゴールが目に焼き付いています。

浅野拓磨選手プロフィール

三重県菰野町で7人兄弟の三男として生まれた浅野拓磨選手。

6人が男の子で一番下が1人女の子だそうです。

浅野選手とは17歳も歳が離れているそうです。

父親は長距離のトラックの運転手で母親はパートで働いていたため決して余裕のある暮らしでは無かったそうです。

兄弟は皆サッカーをやっていてその影響で幼い頃から拓磨さんもサッカーを始め、小学生時代はペルナSC、中学生時代は菰野町立八風中学校でプレーしました。

高校進学時、サッカーは家庭の経済環境を考えてしないと、と考えていたので名門の四日市中央工高への進学には迷っていました。

合宿や全国大会など遠征が多いためお金がかかります。

ですから、親に気を遣って『自分だけそんなところへ行っていいのか』と悩んだそうです。

ですが中学サッカー部の顧問や担任が両親を熱心に説得し、拓磨さんにも『甘えられるときに甘えて、Jリーガーになって恩返ししたらええんや』という話をしてくれたおかげで、決心がつき、地元サッカーの名門三重県立四日市中央工業高等学校へ進学することになったと言います。

2013年、サンフレッチェ広島とプロ契約を結びました。

その後の所属クラブは

2014年 – 2015年 Jリーグ・アンダー22選抜
2016年7月 – 2019年 アーセナルFC
2016年8月 – 2018年5月 VfBシュトゥットガルト(期限付き移籍)
2018年5月 – 2019年 ハノーファー96(期限付き移籍)
2019年 – 2021年5月 パルチザン・ベオグラード
2021年6月 – VfLボーフム

浅野拓磨選手家計を助けるため行っていたこと

経済的にはとても苦しかったようですが、それでも子供のサッカーのためにと、両親は結婚指輪を売って援助してくれたこともあったとか。

そんな状況をよく知っていた拓磨さんは、スパイクはお年玉を貯めて買ったり、友達のをもらったりしていたそうです。

少しでも家計を助けるため、彼が行なっていたのが空き缶拾いです。

学校の自販機のそばに、空き缶を入れると10円返ってくるリサイクルボックスがありました。


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浅野選手はチームメイトの分も回収してそこに入れ、8000円ほど貯まると母に渡していたそうです。週刊文春電子版より

凄いですね。

両親の子供への思いとそれをよく分かっていて少しでもそれに応え、助けようとする浅野選手。

浅野拓磨選手が行っている家族への恩返し

家族の支えのおかげでプロへ進んだ浅野は、毎月10万円の仕送りを始めました。

又恩返しとして両親にホンダのステーションワゴンをプレゼントしたこともあった。

また、次男と共に三重県内で「朝のらしさ」というパン屋の経営を行っていて、兄弟の仲もとても良いそうです。

家族の絆がとても強いのが分かります。

浅野拓磨選手と同じ四日市中央工高のサッカー部だった六男の快斗さんは、プロから声がかかりませんでした。

海外で腕を磨きたいと言う弟のために、浅野拓磨選手は渡航費を全て出し、応援したそうです。

浅野選手の代名詞

浅野選手の愛称はジャガーで、ジャガー浅野と紹介されたことからも「ジャガー浅野」に定着しました。

ジャガーポーズは浅野選手の代名詞となっています。

サンフレッチェ広島の公式マガジン「紫熊倶楽部」の編集長の中野和也氏がその名付け親と言われています。

中野氏はジャガーと名付けたことを

「猫科の猛獣を感じさせる柔らかな身のこなしや、ボールに獰猛に向かっていく印象から、ジャガーと名付けました。海外に行ったらやめるかと思ったけど、やめなかったですね(笑)」週刊文春電子版より

と語っています。

次も日本のジャガーとして頑張って欲しいですね。

おわりに

今回は浅野拓磨選手について書かせていただきました。

家族との絆が強い浅野拓磨選手。

子供のために自分たちのことを二の次にして頑張ってくれた両親に応えるためにも頑張っている浅野選手。

活躍を心から応援したくなりますね。

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