清荒神清澄寺なぜ神と寺の名が付いてるでしょう

歴史
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阪急宝塚線に清荒神という駅があります。

清荒神は正式には「清荒神清澄寺」と言います。

小さい頃は正式な名前も知らずただ「清荒神」とか「荒神さん」とか呼んでいました。

そして何にも考えずに、長い参道に並んだ200近い屋台やお店がお目当てでよく親に伴ってお参りに行ったもんです。

大人になって清荒神が「清荒神清澄寺」という名であることを知って清荒神って神社じゃないの?って疑問を持ちました。

清荒神清澄寺なぜ神と寺の名が付いてるでしょう

かまどの神さまとしてお参りしている人がほとんどだと思っていたので果たしてどうなのと思い調べてみるとれっきとしたお寺で真言三宝宗の総本山でご本尊は大日如来でした。

大日如来は、国の重要文化財に指定されています。

896年宇多天皇の勅願寺として静観僧正によって建立され、大日如来を守る鎮守神として場所は異なりましたが、三宝荒神社が同じくして建てられました。

そして宇多天皇より「日本第一清荒神」の称号を与えられました。

1855年 – 1860年(江戸時代の安政年間)に清澄寺本堂が三宝荒神社の場所(現在の場所)に移築され、現在では
三宝荒神社のほうがより有名になってしまったようです。

古来、日本には八百万の神、木や草花、海や山、岩など全ての自然物に宿っていると考えられていて奈良時代に入ってきた仏教とも「神仏習合」として共存したのです。

とても大らかだったんですね。

ところが明治時代には政府の廃仏毀釈の運動が高まり、仏教を排斥しお寺と神社が離され多くの寺院・仏像・経文などが破壊・焼却などによって失われました。

多くの貴重な文化財も失われました。

凄い損失ですね。

そんな中、難を逃れ「神仏習合」のままの形で今も存続しているのが「清荒神清澄寺」なんです。

清荒神清澄寺の境内案内図より


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お寺と神社が一緒って変と思っていましたが、日本古来の大らかさの象徴とも思えるようになりました。

ご本尊は大日如来像で、国の重要文化財に指定されています。

「神仏習合」として存在で有名なところは日光東照宮です。

現在の清荒神清澄寺は荒神さんとしての方が有名になってしまい、かまど神で家内安全・商売繁盛・厄除開運にご利益があるとしてお参りする方がほとんどです。

毎月1日は月旦祭(午前10時より大般若経転読法要)

毎月21日は弘法大師御影供

毎月27・28日月並三宝例祭(28日午前10時より大般若経転読法要)が行われていて縁日も開かれています。

おみくじは、浅草寺のおみくじと並んで、日本の中ではかなり厳しいことが書かれているらしく、実際、私は直近2回大凶でした!

山門を入ると樹齢400年以上と言われる大きな銀杏の木が2本目に入ります。


(上まで写真に入りませんでした。)

普段は参道の途中に380台駐車可能な駐車場があるので車で来ることも出来ます。

お正月には大勢の人がお参りするため交通規制がかかり車では行けません。

電車かバスでの参拝となります。お正月には一方通行になり帰りのみ参道を歩けることになります。

バスはJR宝塚から清荒神駐車場まで臨時バス(阪急バス)が往復運行されます。

参道には沢山のお店があるので楽しみながらお参りすることが出来ます。

おわりに

ずっと不思議に思っていましたが、「神仏習合」のままの形で今も存続していることを知って納得しました。

今でも宗教は難しい問題として世界中に存在しています。

「神仏習合」と言う形は一つの宗教のあり方かなと感じました。

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